■ 脊髄損傷はどのような病気/症状ですか?



 

脊髄(せきずい)とは、背骨の中央を通っている神経の束の総称であり、脳からの命令を体に伝えたり、痛覚や触覚などを脳に伝えたりする、全ての運動や知覚をコントロールしている重要な器官です。脊髄自体は非常にやわらかく、背骨(脊椎)によって守られていますが、強い外部衝撃などにより背骨が折れたり、脱臼したりすると、背骨に守られていた脊髄がダメージを受けてしまいます。脊髄は、中枢神経という神経の一種であり、1906年にノーベル賞を受賞したスペインの科学者カハールによると、「一度損傷した生体哺乳類の中枢神経系は再生しない」と言われてきました。しかし近年、慶応大学の岡野栄之教授らにより、この定説が覆され、現在ではラットやコモンマーモセットという小型サルの臨床実験により、一定の条件を満たせば、再生することが確認されています(ヒトではまだ臨床実験が行われておらず未確認です

 

もし脊髄が損傷を受けると、多くの神経線維の束が切断されます。また、損傷を受けた部分の周りに炎症などが生じ、脳からの命令を体に伝えたり、痛覚や触覚などを脳に伝えたりできなくなります。こういった症状が起こると、脊髄切断の程度にもよりますが、四肢や臓器には麻痺が生じてしまいます。障害の重さは、脊髄の損傷部位や損傷の程度によって変わってきます。神経が完全に切れてしまえば完全に麻痺してしまいますが、部分的に傷ついた程度の場合、脳からの命令が完全に伝わらず、動きにくいなどどいった一部の麻痺となります。主な症状は、以下の3つです。

 

主な症状
概要
痙性(けいせい) 動かせないはずの筋肉が自分の意志とは関係なく動いたり、痙攣します。
排泄機能障害 排泄に使う筋肉が麻痺しているため、排泄を通常通り行う事ができません。下剤と座薬により排便を促します。
褥創(じょくそう) 皮膚の感覚がなく寝返りが打てないので、身体の同じ部分に長時間圧力がかかる事によって血行が悪くなり、その部分の組織が死んでしまいます。

 

 

■脊髄損傷の主な治療法とは?




残念ながら、まだ有効な治療法は確立されていません。

 

 

■再生医療/iPS細胞による脊髄損傷の治療




脊髄の神経線維は、ニューロンは電気的刺激で情報を伝える神経細胞と、それらを支えるグリア細胞から構成されています。2種類のグリア細胞が脊髄では重要な役割を果たしており、一つはオリゴデンドロサイト(希突起グリア細胞)でニューロンからのびる神経線維のミエリンを作る細胞です。もう一つはアストロサイト(星状細胞)と呼ばれ、ニューロンが活動するために必要な環境を提供しています。

 

約15年前までは、脳は新しいニューロンを作ってしまい自己修復することはできないと信じられていました。しかし、脳には損傷部分を認識して新しい結合を作る能力があり、脊髄に部分損傷を受けた患者でも、ある程度の自発的な機能回復をすることがわかっています。また大人の脳に神経幹細胞が発見されたことから、科学者はこの現象を説明できるようになり、これらの隠れた幹細胞を刺激して、中枢神経系損傷や疾患で失われた複数の種類の細胞を増殖できるのではないかと期待しています。

 

1999年に米国で、脊髄損傷のラットに胚性幹細胞(ES細胞)を用いた実験で、幹細胞が脊髄損傷を改善できることが実証されました。この実験では、損傷を受ける前にES細胞を注入されていたラットでは、幹細胞が注入部位から受傷部に移動し、新しいニューロンとグリア細胞を作り出し、脚の機能の一部が回復しました。

 

 

研究機関
臨床研究の進捗状況
関西医大 2005〜2010年までに慢性期脊髄損傷に対する培養自家骨髄間質細胞移植の臨床試験が5例行われました。現在は、経過観察中であり、その有効性と安全性に関して今後発表される予定となっています。
大阪大学 2006年に倫理委員会の承認を得て、慢性期脊髄損傷患者(受傷後6ヶ月以上)に対する嗅粘膜移植の臨床試験が開始されています。現在までに4例で実施されており、今後その有効性と安全性の検証が進められる予定です。
ジェロン社(アメリカ) ヒトES細胞由来のオリゴデンドロサイトを脊髄に注入する安全性を調べる第I相臨床試験を実施していましたが、脊損患者2例に投与した結果、安全性に問題はなかったが、有効性が示せなかったと言われています。今後、同社は抗癌剤に集中して研究を進めるようです。同社は、ラットなどへの基礎研究により脊髄損傷がもはや回復不可能ではないことを立証した画期的な研究が、ヒトに再現できると期待されていました。

 

 

■ 脊髄損傷に関する再生医療/iPS細胞の最新研究成果



再生医療適応症 作成する細胞 主要な研究機関 基本情報 研究の進捗状況 最新ニュース
脊髄損傷 中枢神経幹細胞 慶應大学医学部 click status_rat click02
label_kiso ヒトiPS細胞を脊髄損傷治療へ応用。70%のマウスが回復(奈良先端科学技術大学(2012/3/8))
label_rat ヒトiPS細胞から新規誘導法を用いて脊髄損傷治療へ応用。70%のマウスが回復(奈良先端科学技術大学(2012/3/8))
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desease_syousai_kiso1998年、慶応大学の岡野栄之教授らによって、成人の脳に神経幹細胞があることが世界で初めて発見され、この細胞を用いることで中枢神経系の再生が可能であることが立証されました。近年ではES細胞やiPS細胞を用いて、ショウジョウバエやマウス、コモンマーモセットなどに対して基礎研究が重ねられ、中枢神経系の発生メカニズムが解明されてきました。慶応大学の岡野教授らは、脊髄損傷のマウスにヒトiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞を移植し、良好な運動機能の回復を得ることに成功しました。移植したヒトiPS細胞由来神経幹細胞は、神経伝導を改善させ、脊髄損傷後の血管新生や神経線維の再生を促進することで損傷脊髄の修復に働いていることが分かりました。また、移植後約4ヶ月の長期経過観察を行い、腫瘍化が認められないことも確認されています(慶應大学)。また、2012年には奈良先端科学技術大学の中島欽一教授らは、細胞が培養液にまんべんなく触れ、高品質な細胞だけを選別しやすくなる培養方法により、ヒトの皮膚から作製したiPS細胞によって高品質な神経幹細胞を作成し、脊髄を損傷したマウス9匹へ移植したところ、損傷部位が修復され70%ものマウスが歩けるまでに回復しました。(奈良先端科学技術大学)。

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奈良先端科学技術大学プレスリリース資料より

 

 

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2005年、慶応大学の岡野教授らはサルに対するES細胞由来の神経幹細胞の移植を行い、サルの手足の機能が7割ほど回復したことを確認しており(読売新聞)、2010年には、コモンマーモセットに対してiPS細胞由来の神経幹細胞の移植によってコモンマーモセットが約6週間で歩き回れるようになり、後ろ脚で立ったり手の握力が回復したりするなど運動機能が著しく改善しています。また約3カ月の間、経過を観察しましたが腫瘍化は認められませんでした(中日新聞
また他にも、「自分の血液の中のマクロファージを損傷部に注入する治療(愛媛大学)」や、「鼻腔細胞を損傷部に移植する治療」、「腸骨(腰)の骨髄液由来の骨髄間質細胞を注入する治療法(関西医大)」なども行われています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年3月22日、横浜で開催された日本再生医療学会で、ヒトiPS細胞による脊髄損傷の臨床研究を2016年度末に始めることを目指すことが発表されました。まずは、治療効果が高く見込まれる損傷直後の患者が対象となりますが、治療が難しい慢性期の患者にも20年までに臨床研究を開始する想定です。今後、2年半から3年の期間をかけて国に対する臨床研究の計画申請の準備を行います。

 

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読売新聞(2013年5月13日)より抜粋引用

現在、慶応大学では世界初のiPS細胞由来の脊髄損傷の臨床研究を実施することを目標に準備が進められていますが、具体的な臨床研究の対象は、事故から2~4週間後の患者に限定される予定です。

 

これは、事故直後の場合は損傷部分の炎症がひどく、また逆に、4週間以上たつと神経の傷口に「はん痕」と呼ばれる硬い組織ができてしまうので、いずれの場合も細胞の移植が難しいからです。具体的な臨床研究の対象人数は、10~20人程度になる予定です。

 

また、上記の「腸骨(腰)の骨髄液」に関する臨床研究が、2006年から京大と関西医大らの研究者が共同で実施されてきました。この間、頸髄損傷完全マヒと判定した5例に実施され臨床試験は終了しましたが、術後6ヵ月の経過観察後、さらに1~4年のフォローアップが行われ、2012年にその治療成績が専門誌(Restorative Neurology and Neuroscience 29 (2012))に発表されました。

 

 

その結果、細胞注入による副作用は全例で観察されませんでした。また、機能回復に関してはアメリカ脊損協会の評価尺度(AIS)が用いられ(AIS-A(完全マヒ)、B(不全マヒ;一部感覚あり)、C(不全マヒ:一部筋力あり))、臨床対象となったAIS-BとCの患者は投与後に急速な注目すべき結果だったが(B→D、C→Dが各1例)、AIS-Aの患者はその効果は段階的で限定的だったと報告されています(A→Aが3例)。また同誌では、骨髄間質細胞投与が安全で実現可能な脊髄損傷の治療法であるとも結論づけています。

 

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残念ながら、現在の培養技術では患者本人からiPS細胞を作ると半年以上もかかってしまい、脊髄損傷に最適とされる2~4週間の間に治療をすることができません。このため、多くの人に適合しやすいタイプの細胞を集めてストックしようという計画が、京都大学のiPS細胞研究所が中心となり進められています。今回の臨床研究では、この「iPS細胞ストック」から神経幹細胞を調達し、染色体や遺伝子配列の異常の有無など22項目もの精密検査を約1年かけて行った後に凍結保存しておき、必要に応じて解凍しながら、一度に500万~1000万個の神経幹細胞を患者の脊髄に移植する予定です。



(参考資料)


大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2009/01/post-11.html
文部科学省 iPS細胞等研究ネットワーク ホームページ http://www.ips-network.mext.go.jp/
京都新聞より一部画像を抜粋(2012/3/16 朝刊)

 

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